身近な世界をドラマに・・・君も3分ビデオをつくらないか
木下昌明 (映画批評家)
| なぜ3分ビデオなのか。3分といえば、ベトナム戦争の時代、カリフォルニア大学のバークレー校で、学生たちがパトカーの屋根にのぼって一人3分のフリースピーチを行なった運動があった。3分なら話がへたでも話せないことはないし、饒舌でも我慢して聴ける時間だし、それに多くの意見を楽しみ、参加意識を高めることができる――この方式をとりいれたのが、レイバーフェスタの3分ビデオ大会なのだ。と、わたしは勝手に考えている。 また、ビデオカメラも年々性能がよくなってきて、小さなことから地球規模での大変動まで撮ることができるようになった。これが大きい。山形国際ドキュメンタリー映画祭でも小型カメラでつくられた作品が多い。 今年のフェスタのメイン上映の井上修『出草之歌』だってほとんど一人でつくっている。正月公開の『ダーウィンの悪夢』のフーベルト・ザウパーも、「小さなソニー製ビデオカメラで撮りました。技術的な意味では撮ることは本当に簡単になってきました」と座談会で語っている。この映画は、グローバリゼーション下のアフリカがいかに悲惨な現実かを撮ったものである。 わたしも4年前に『娘の時間』という3分ビデオをつくったが、ビデオを撮る気になったのは、土屋豊の『新しい神様』をみたからだ。それもヒロインの雨宮処凛がカメラを鏡台がわりにして(自分に)語りかけているシーンのところ。カメラマンはいなくてもいいのだ。そこで彼女は、自らを被写体として自己表現する楽しさを発見する。これがきっかけで右翼から左翼へと変身をはかる――それがカメラをとおしてみえてきた。小型ビデオは、従来の“映画”の発想をひっくり返す機能をもっている。そこでは撮影者が同時に主人公にもなり、身近な生活や労働現場がドラマの大舞台ともなる。そのことで小さな問題でも社会問題として訴えることが可能となるのだ!まずは3分ビデオからはじめよう。さあ、ビデオカメラをもって街に出よう。 (レイバーネット運営委員) |